Lynyrd Youngのブログ

競馬の思出話です

2017-01-01から1年間の記事一覧

史上初の牝馬3冠 『メジロラモーヌ』

1986年(昭和61年)の牝馬クラシックはメジロラモーヌ一色になりました。 デビューは3歳(現在の2歳)10月の東京の新馬戦でした。ダート1400メートル戦。血統の良さ(モガミ✖メジロヒリュウ)と調教タイムの良さから、圧倒的1番人気に支持さ…

シンザン最後の傑作 ミホシンザン

1985年(昭和60年)の牡馬クラシック戦線はシンザン産駒、ミホシンザンに注目が集まりました。 ミホシンザンの初戦は4歳(今でいう3歳)の1月中山1600メートル戦でした。2着に9馬身差の圧勝で、早くも素質の片鱗を見せました。続いて2戦目は…

2年連続3冠馬 シンボリルドルフとミスターシービーの対決

1984年(昭和59年)、中央競馬会はこの年から重賞にグレード制を導入しました。八大競争をはじめ宝塚記念、ジャパンカップ、エリザベス女王杯、それにマイル戦の安田記念、マイルチャンピョンシップ、それと3歳馬の朝日杯3歳ステークスと阪神3歳ス…

遂に出た!3冠馬 ミスターシービー

1983年(昭和58年)はセントライト、シンザンに次ぐ史上3頭目、戦後2頭目、19年ぶり、そして父内国産馬としては初めての3冠馬の誕生に沸きました。 ミスターシービーは前年1982年11月の東京でデビューしました。もちろん圧勝でした。ミスタ…

不思議な2冠馬 カツトップエースと悲運な名馬 サンエイソロン

1981年の牡馬3冠レースは不思議な結果に終わりました。1冠目の皐月賞はトライアルのスプリングステークスを1番人気で勝ったサンエイソロンが有力視されていましたが、レース前日に繋靱帯炎を発症し出走取り消しになり、大混戦ムードになりました。 案…

無冠の帝王 モンテプリンス

1980年、昭和55年の牡馬クラシック戦線は大混戦となりました。不良馬場の皐月賞は道悪巧者の増沢ハワイアンイメージが制しました。2着に3番人気だったオペックホースが入り、モンテプリンスは4着でした。 モンテプリンスは距離が延びればこの馬だと…

遅れてやってきた大物 ホウヨウボーイ

以前書いたサクラショウリとバンブトンコートと同期でしたが、クラシック戦線には全く出走が叶わなかった馬、それがホウヨウボーイです。 ホウヨウボーイは3歳(今の2歳)の暮れの中山でデビュー、1番人気で6馬身の差をつけて圧勝します。ところがレース…

ハイセイコーの無念を晴らす!

1979年の4歳(今で言う3歳)牡馬クラシック戦線は、前年の朝日杯3歳ステークスを勝ったビンゴガルー、そして明けて4歳クラシック路線で重賞3連勝のリキアイオーの争いと見られていました。リキアイオーは朝日杯3歳ステークスはビンゴガルーの6着…

怪物カブラヤオーと女傑テスコガビー

以前マルゼンスキーの記事を書いていて、カブラヤオーを思い出しました。 1975年のクラシック戦線は牡馬はカブラヤオー、牝馬はテスコガビー、騎手は菅原泰夫で沸きました。 カブラヤオーは3歳(今の2歳)のデビュー戦こそ2着に敗れますが、2戦目以…

1978年、SB対決!サクラショウリとンバンブトンコート

マルゼンスキーが引退した年の、4歳牡馬(現在の3歳馬)の3冠レースは、皐月賞が3番人気のファンタストが優勝。1番人気のタケデンは9着と惨敗しました。タケデンはそれまで皐月賞トライアル、スプリングステークスを含み6勝、内重賞3勝2着1回と同…

幻の超快速馬 『マルゼンスキー』

1977年(昭和52年)、この年の牡馬4歳馬(現在の3歳馬)の牡馬3冠レースは、皐月賞がハードバージ、日本ダービーがラッキールーラ、菊花賞がプレストウコウでした。 しかし、これらの馬の評価が今一つ上がらないのは、この3冠レースに出走できなかっ…

グリーングラス、最後まで頑張った!

またまた競馬のお話です。 1976年のT.T(トウショウボーイ、テンポイント)対決に沸く京都競馬場の菊花賞で、大番狂わせを演じ、T.T.Gと呼ばせるまでになったグリーングラス。しかしそれまでの道のりは長かったのです。 デビューは遅く、明け4歳(今の3…

トウショウボーイとテンポイント

いつも音楽や映画の記事ばかり書いていますので、たまには趣向を変えて、音楽や映画にも引けを取らないぐらい長い付き合いの競馬についてちょっと書いてみたいと思います。ちょうど秋の競馬シーズンを迎えるところで挑戦したいと思います。 今年も凱旋門賞に…